
ただの会社員だった安藤は、あるとき自分に特殊な能力があることに気がつく。
それは、「自分が念じた言葉を特定の他人に喋らせることができる」というものだった。
この力を持ったことから何気ないものだった日常の”色”が変化していく。
そして、この力を使って「世直し」をしようとしてしまう。
特殊能力を使って、金や権力を手に入れようとするような物語ではなく、たまたま力を持ってしまった安藤の揺れ動く心情描写を追っていくような話である。
伊坂幸太郎による、心に響く何かを感じる小説となっている。
「魔王」のここが面白い
安藤が目覚めた新たな力
安藤がその力に気がついたのは地下鉄の中でのことだった。
電車の中に老人がひとり立っていて、その目の前には踏ん反り返っている”金髪のガム男”が座っていた。
その偉そうな態度に「もし、自分があの老人だったらどんな台詞を若者にぶつけてやりたいか」と考える。
”偉そうに座ってんじゃねえぞ、てめえは王様かっつうの。ばーか”
すると次の瞬間に、安藤が頭の中で思った言葉をそのまま老人が叫んだのだった。
どうしても許せない男の存在
何度か使っているうちに力の存在を確信し、その力で何ができるかを実験しながら把握していった安藤。
だが、安藤はこの力を”かるいイタズラ”程度にしか使うことなく持て余しているような状況だった。
能力を持つ前も、持った後もたいして変わらないかのように見える生活の中で、安藤には”どうしても許せない”と思う人物が現れてしまう。
それが、政治家の犬養舜二だった。
安藤の心を揺さぶる男・犬養
国会議員で未来党の党首の犬養舜二。
その自身に溢れる喋り方や大衆を扇動する言葉の数々に政治に興味のない若い世代など、人を引き付ける魅力がある。
過激なことを口にすることも厭わない政治家で、この言葉が安藤の心を強く揺さぶっていく。
このまま犬養に好き勝手に喋らせていてはダメだ。
使命感に駆られた安藤は、自分の力を使って始めて大きな行動に出ようとする。
終わりに
「自分が念じた言葉を特定の他人に喋らせることができる」力を持った男・安藤の物語『魔王』。
安藤の周りで起こる日常や小さな事件からの、安藤の心の揺れかたを中心に書かれている。
安藤の数奇な運命の後の他の人物の心の変化の書かれ方もまた魅力的である。
心にずっしりとくる読後感を味わえる伊坂幸太郎による小説となっている。